穴子と鰻はどう違うのか。江戸前の煮穴子とツメの話

The Tokyo Sushi Guide の特集 監修|髙田 達央(奥赤坂 鮨 淡師 店主) 更新 読了 約6分

穴子と鰻の違いは、棲む場所と火の入れ方にあります。穴子は海の砂泥底に潜む魚で、江戸前では煮る。鰻は川と海を行き来する魚で、串を打って焼く。同じ細長い姿をしていながら、仕込みに使う道具も、仕上げの甘辛いタレの出自も違います。この記事では、煮穴子ができるまでの手順とツメの正体をたどりながら、二つの魚が別々の道を歩いてきた理由を見ていきます。

結論から

穴子は海の魚、鰻は川を上る魚です。江戸前鮨で握るのは穴子で、やわらかく煮上げてツメを塗るか、塩で供します。鰻は蒲焼にして専門店が扱うのが一般的で、鮨屋の品書きに並ぶことはあまり多くありません。

この記事でわかること

  • 穴子は海水域、鰻は川と海を行き来する魚という棲み分け
  • 江戸前で穴子を煮る理由と、沸かさずに煮る火加減
  • ツメは穴子の煮汁からできること。鰻のタレとの成り立ちの違い
  • ツメと塩、供し方で穴子の味の見え方が変わること
  • 八月の穴子の身の質と、旬とされる時期
  • 鮨屋の品書きに鰻が並びにくい背景
目次

穴子と鰻は、そもそも別の魚

鮨種として使われるのはマアナゴで、内湾や沿岸の砂泥底に潜んで暮らす海の魚です。一方のニホンウナギは川や汽水域で育ち、産卵のために海へ下る。どちらも細長い姿で、目が小さく、皮に独特のぬめりがある。姿が似ているので混同されやすいのですが、育つ水も、身の質も別のものです。

いちばん大きな差は脂の量です。鰻は身に厚く脂がのり、焼くと表面から脂がしたたる。穴子の脂は控えめで、火を入れると身がほろりとほどける。この差が、そのまま調理法の分かれ道になっています。

穴子(マアナゴ)鰻(ニホンウナギ)
棲む場所内湾や沿岸の砂泥底川や汽水域で育ち、産卵は海
脂ののり控えめで、身は淡い厚くのり、味が濃い
主な火の入れ方煮る(煮穴子)焼く(蒲焼)
味の決め手煮汁と、そこから作るツメ焼きの香りとタレ
旬とされる時期初夏から夏天然は秋から冬、養殖は通年
肝心なところ: 「煮る穴子」と「焼く鰻」。加熱の仕方が違えば、目指している味も違います。

鮨屋の品書きに鰻が少ない理由

江戸前鮨が育ったのは江戸湾の周りで、穴子は身近な海の幸でした。羽田沖など東京湾の穴子は今も知られています。対して鰻は、串打ちから割き、蒸し、焼きまでを専門に修める仕事として、早い時期に独立した商売になっていきました。同じ町の中で、扱う店が分かれていったわけです。

実は道具も違います。鰻は炭火と串、そして継ぎ足したタレの壺が要る。鮨屋の場内でその一式を持つ理由は乏しく、穴子であれば鍋ひとつで煮上げられる。技術と設備の両面から、鮨のカウンターには穴子が残りました。鰻を出す鮨屋がないわけではありませんが、多くはありません。

煮穴子ができるまで

穴子の仕込みは、下ごしらえの丁寧さがそのまま仕上がりに出ます。江戸前のカウンターでは、次のような手順を踏むことが多いようです。

  1. ぬめりを取る湯をかけ、包丁の背で皮目をこそげる。ここを省くと、煮上がりに独特の匂いが残りやすくなります。
  2. 開いて骨を抜く背から開き、中骨と血合いを取り除く。細い骨が残らないよう指で確かめながら進めます。
  3. 霜降りにする熱湯にさっとくぐらせ、余分な脂と匂いを流してから冷水に取る。
  4. 静かに煮る水に酒、醤油、ざらめなどを合わせ、落し蓋をして沸かさずに煮る。強く煮立てると身が割れて崩れます。
  5. 煮汁の中で冷ます火を止め、煮汁に浸したまま冷ましていく。冷める間に味が身へ入っていきます。

煮る時間も温度も、穴子の大きさと脂ののりで変わります。同じ鍋でも、太いものと細いものを一緒には煮られない。奥赤坂の鮨 淡師では、仕込みは目的ではなく、その魚が一番おいしくなる瞬間に近づけるための手段だという考え方で仕事をしています。煮る仕事も、その延長にあります。

ツメは、煮汁の行き着く先

ツメは「煮詰める」から来た言葉です。穴子を煮た汁を漉し、とろみがつくまで煮詰めた甘辛いタレを指します。つまり、穴子そのものから出た旨みが濃縮されている。刷毛で薄く塗るだけで、身の味とつながるのはそのためです。

鰻のタレは出自が違います。焼く過程で串を漬け、滴った脂が壺に落ちて、その繰り返しの中で育っていく。ツメは煮汁から、タレは焼きから生まれた。似た色をしていても、来た道が別なのです。

ツメか、塩か

煮穴子はツメを塗るとは限りません。塩をひとつまみ、あるいは柚子やすだちを絞って供する店もあります。ツメは甘みで穴子を包み、塩は身の淡さと煮汁の香りをそのまま立たせる。どちらが上ということではなく、その日の穴子をどう見せたいかの判断です。

大ぶりの一尾を丸ごと一貫に仕立てる「一本付け」もあれば、半分に切って二貫にすることもある。皮目を軽く炙って香ばしさを足す仕事も、江戸前ではよく見かけます。

八月の穴子

穴子は梅雨のころから夏にかけてが良いとされ、この時期のものは「梅雨穴子」と呼ばれることもあります。八月の穴子は身がやわらかく、脂は上品にのる。冬の脂の厚さとは違う、軽やかな旨みです。

夏の献立の中で、煮穴子は温度でも効いてきます。冷たい白身や酢締めが続いたあと、ほのかに温かい穴子がひとつ入ると、口の中の景色が変わる。冷房の効いた店内で、その温度差が気持ちよく感じられる季節です。

コースのどこで出てくるか

煮穴子はおまかせの終盤に置かれることが多い一貫です。鮪や光り物の山場を越え、玉子や巻物へ向かう手前。甘みのあるツメが、そこまでの流れをいったん収める役目を果たします。握られてから供されるまでが短いので、出されたらあまり待たずにいただくのがよさそうです。

気負う必要はありません。ツメが塗ってあれば醤油はつけず、そのまま口へ運べば大丈夫です。淡師では食事の締めくくりに本格的な茶室で抹茶と季節の和菓子をいただけますが、その一服へ向かう道筋の中に、穴子の甘みは静かに収まっています。ほかの鮨種の話はThe Tokyo Sushi Guideにもまとめています。

よくあるご質問

穴子と鰻、味の違いは?

鰻は脂が厚く、焼いた香ばしさとタレの濃さで押してきます。穴子は脂が控えめで、身がほろりとほどけ、煮汁の含んだ淡い旨みが主役です。同じ甘辛い味付けでも、鰻は「濃い」、穴子は「やわらかい」と感じる方が多いようです。

鮨屋で鰻は頼めますか?

扱っている店もありますが、多くはありません。鰻は串打ちから焼きまでの設備と技術を要する専門の仕事で、江戸前鮨のカウンターでは穴子が使われるのが一般的です。鰻を味わいたいときは、鰻の専門店を訪ねる方が確実です。

ツメは何でできているのですか?

穴子を煮た煮汁を漉し、砂糖や醤油を加えて煮詰めたタレです。穴子そのものから出た旨みが濃縮されているため、少量塗るだけで身の味と自然につながります。鰻のタレのように、焼きの過程で作られるものとは成り立ちが異なります。

穴子は生で食べないのですか?

穴子や鰻の血液には加熱で失われる成分が含まれるため、生のまま扱わないのが通例です。江戸前では煮る、あるいは白焼きにするといった火を入れる仕事が基本になります。刺身で見かけることが少ないのは、この性質によるところが大きいと言われます。

煮穴子は温かい状態で出ますか?

ほんのり温かい状態で握られることが多いようです。煮上げてから温度を保っておき、握る直前に整える。冷えた白身との温度差が味の変化になるため、供されたら間を置かずにいただくと持ち味が分かりやすくなります。

ガイドから、カウンターへ

奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。

江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。

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カウンターに立つ奥赤坂 鮨 淡師 店主 髙田 達央

監修

江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。

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