まぐろの赤身・中トロ・大トロはどう違う? 鮨店で迷わないための基礎知識

The Tokyo Sushi Guide の特集 監修|奥赤坂 鮨 淡師 更新 読了 約7分

初めて鮨店の暖簾をくぐると、品書きには同じ魚が三つの名前で並んでいます。赤身中トロ大トロ。どれも一尾の本鮪から取られるのに、口に運ぶとまるで別の魚のようです。この記事では、それぞれの部位が魚のどこにあるのか、脂が味わいと食感をどう変えるのか、そして江戸前の職人が赤身を醤油に漬けてきた理由をご紹介します。「次は何にしましょう」と聞かれたとき、笑顔で答えられるように。

この記事でわかること

  • 赤身・中トロ・大トロは一尾の本鮪の部位の違い。体のどこにあるかで脂の量が決まります
  • 赤身の持ち味はほのかな鉄分とやわらかな酸味。職人は赤身で一尾を見極めます
  • 中トロは脂の甘みと赤身の深みの釣り合い。最初の一貫として自然な選択です
  • 大トロには二つの食感があります。均一な霜降りと、肋骨沿いの蛇腹です
  • 醤油に漬けた赤身「づけ」は江戸前の古典。名指しで頼む価値があります
  • 7月は赤身が輝く季節。夏の本鮪は冬より脂が控えめです
目次

一尾の魚、三つの名前

都内の良い鮨店で供される鮪は、そのほとんどが本鮪。市場では黒鮪とも呼ばれる魚です。一尾で200キロを超えることもありますが、品書きに並ぶ三つの名前は品質の等級ではなく、いわば体の中の住所です。赤身は背骨に沿って走る深い紅色の筋肉。中トロは腹の外側と、皮に近い背の上部。大トロは腹の下部で、頭に近づくほど脂を蓄えています。

その割合は大きく偏っています。一尾の大半は赤身で、本当の大トロはごく限られた帯のような部分。三つのうちで最も値が張るのはそのためです。豊洲市場では、仲卸が尾の断面に小さな窓を開けて一尾を見極めます。その小さな断面に見える色つやと脂の入り方が、残りのすべてを物語るのです。

部位位置持ち味
赤身背骨に沿った深部の筋肉少ないほのかな鉄分、やわらかな酸味、澄んだ後口
中トロ腹の外側、皮に近い背の上部中程度赤身の芯に霜降りの豊かさが重なる
大トロ頭に近い腹の下部多いとろける脂と甘み、余韻は短く鮮やか
要点: 赤身・中トロ・大トロは、一尾の魚を三つの深さで読み解いたもの。腹の表面へ、そして頭のほうへ近づくほど、筋肉は多くの脂を抱えています。

赤身は鮪のものさし

赤身は、つい後回しにされがちな部位です。けれど通いなれた客ほど、まずここに目を向けます。色は明るい紅から深い柘榴色まで。味わいの軸となるのは、ミオグロビンがもたらすほのかな鉄分の風味です。休むことなく泳ぎ続ける鮪の筋肉に酸素を運ぶ色素で、その奥には静かな酸味があり、下に握られたシャリ(酢飯)を持ち上げます。脂が少ないぶん、赤身はすべてを映します。魚の調子、育った海、職人がどれだけ丁寧に柵を寝かせたか。

鮪はトロではなく赤身で決まる、と語る職人は少なくありません。脂は味を飾りますが、赤身は正直です。熟成の違いが最もはっきり表れるのもこの部位で、数日寝かせた柵は金属的な角が取れ、身がほどけるにつれて、丸みのある、どこか肉にも似た旨みへと育っていきます。

中トロ、バランスの妙

中トロは、いわば橋渡し役です。脂の甘みを感じさせるだけの霜降りをまといながら、その下には赤身の深い味わいをきちんと残している。初めて鮨店を訪れた方の記憶に残るのが、たいていこの一貫である理由です。取れる場所は二つ。腹の外側の層と、皮に近い背の上部に走る帯で、後者は背トロと呼び分けられることもあります。

まな板の上の切り身をよく見ると、筋(すじ)と呼ばれる細く白い線が身の中を走っています。尾に近いほど強くなるこの筋に、職人は包丁を斜めに入れる。一本一本が口の中でほどける短い糸に変わるのは、そんな目に見えない仕事のおかげです。同じ柵でも、無造作に切れば噛み切れない筋が残ってしまいます。

大トロ、腹の頂点

大トロは、腹の豊かさが極まった部位です。脂が細かく入り込み、身の色は淡い桃色、ところによってはほとんど白に近づきます。この脂は体温よりわずかに低い温度で溶けはじめるため、舌に触れた瞬間からほどけていく。甘みが先に届き、海の香りが続き、そしてすっと消えます。短いからこそ、鮮烈なのです。

品書きに書かれることはほとんどありませんが、大トロには二つの食感があります。霜降りは胸びれの後ろにある、降りたての雪のように均一に脂の入った部分。蛇腹は肋骨に沿った部位で、筋肉のあいだに純粋な脂の帯が縞をなし、より野趣があって濃厚、好みの分かれるところです。最も希少なのはカマから取れるカマトロ。一尾からわずか数貫分しか取れません。

「づけ」に宿る江戸前の知恵

冷蔵の術がなかった江戸の時代、鮪は足の早い魚として屋台に届きました。その答えがづけです。赤身を醤油に漬け込み、表面を締めることで、数時間の猶予を数日へと延ばしました。一方のトロは、脂が醤油をはじいて漬からず、すぐに傷んでしまうため、ほとんど値がつかなかったといいます。市場の古い言い回しでは猫またぎ――猫さえまたいで通る、と呼ばれていました。

現代のづけは保存のためではなく、味わいのための仕事です。赤身の柵や切り身を、酒や味醂を合わせた醤油だれに、日単位ではなく分単位でくぐらせます。表面は深い柘榴色に染まり、食感はねっとりと、密度を増して舌に寄り添うように変わる。漬け地の風味と赤身の鉄分が、和音が静かに解けるように響き合います。脂は今も醤油をはじきますから、づけは変わらず赤身だけに許された技。大トロのづけが品書きに見当たらないのは、そのためです。

店の考え方が表れるのも、まさにこの部分です。奥赤坂の静かな路地に佇む八席のカウンター、鮨たんじはこの系譜の上に立つ店。江戸前の漬けや〆の仕事に現代の丁寧な熟成を重ね、魚ごとの頂点を見極めます。その日の鮪の柵がどんな姿で供されるかは、柵が今どこまで来ているか次第です。

7月、まぐろの頼み方

本鮪の脂がのりきるのは、冷たい海で餌をたっぷり食べる冬です。けれど7月の訪問が見劣りするわけではありません。光の当たる場所が変わるだけです。夏の鮪は脂が控えめな傾向にあり、よく熟成された赤身や頃合いを見極めたづけが、大トロを上回ることさえある季節。実は夏の赤身のほうが好きだ、という職人も少なくありません。赤身を目当てに注文する、よい機会と捉えてみてください。

  1. まず赤身から脂が加わる前に、鮪そのものを味わいます。鉄分、酸味、熟成の進み具合。
  2. 続いて中トロへ霜降りが、物語のすべてではなく彩りとして感じられるはずです。
  3. 締めくくりに大トロをちょうどよい頃合いの一貫は、続けての三貫よりも深く記憶に残ります。
  4. 「づけ」と名指しで品書きにあれば、この一言だけで江戸前の仕事への関心が伝わります。

最後に、カウンターでのささやかな心得を。握りはたいてい煮切りという醤油だれをひと刷毛して供されるので、そのままで完成しています。刺身に醤油を使うなら、魚の端に軽く触れさせる程度で。脂の多いトロは醤油をはじきますし、シャリを直接つけると崩れやすいのです。シャリが人肌のうちに、ひと口でどうぞ。まぐろは数ある種のなかでも、温度に心を配って供される魚です。

よくあるご質問

赤身・中トロ・大トロは何が違うのですか?

三つとも同じ一尾の本鮪から取られる部位で、違いは脂の量にあります。赤身は背骨に沿った赤い筋肉で、身が締まり、旨みとほのかな鉄分の風味が持ち味。大トロは脂の豊かな腹の下部で、舌の上でとろけます。中トロは位置も味わいもその中間にあり、初めての方にもなじみやすい一貫です。

大トロは醤油につけたほうがいいですか?

多くの場合、その必要はありません。カウンターの握りは煮切りという醤油だれをひと塗りして供されるので、それだけで味が調っています。刺身に醤油皿が添えられたときは、魚の端に軽く触れさせる程度で十分。大トロの脂は醤油をはじくため、たっぷりつけても塩気が残るだけなのです。

品書きの「づけ」とは何ですか?

づけは「漬ける」の意で、赤身を醤油仕立てのたれに短くくぐらせたもの。冷蔵の術がなかった江戸の時代に、保存の知恵として生まれた技です。今は純粋に味わいのための仕事で、表面は深い柘榴色に、食感はねっとりと心地よく変わります。脂がたれをはじくため、づけに使うのは赤身です。

7月の東京でも鮪はおいしいですか?

はい。ただし主役が変わります。本鮪の脂がのるのは冬で、夏の魚は脂が控えめ。だからこそ赤身や熟成させた柵、づけが引き立つ季節です。よい職人は仕入れも仕事も一年を通して調整していますから、決まった注文の形にこだわらず、お店のおすすめに委ねてみてください。

初めてなら、どの部位を頼めばいいですか?

できれば三種を、赤身、中トロ、大トロの順にどうぞ。淡いものから濃いものへと味わうと、同じ魚が脂でどう変わるかがよく分かります。一つだけ選ぶなら、間違いのないのは中トロ。もっとも「づけ」と注文すれば、多くの店で嬉しい顔をしてもらえるはずです。

ガイドから、カウンターへ

奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。

江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。

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カウンターに立つ鮨 淡師の大将

監修

鮨 淡師 大将

江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ大将が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の版元です。

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