コハダほど、職人の手のうちが正直に表れる魚はありません。値の張る魚ではないのに、江戸前の鮨屋では昔から腕の物差しとされてきました。この記事では、コハダが試金石と呼ばれる理由、塩と酢で締める仕事の中身、そして七月に始まる新子の季節までをご紹介します。
この記事でわかること
- コハダが「江戸前の試金石」と呼ばれる理由
- 新子・コハダ・ナカズミ・コノシロと変わる呼び名(出世魚)
- 塩と酢で締める仕事の流れと、加減を決める要素
- 七月に始まる新子の季節と「数枚付け」の意味
- おまかせの中でコハダが出てくる場面と味わい方
鮨屋の実力はコハダを見ればわかる
古くから、そう言われてきました。理由は単純で、コハダは仕入れ値の差で語れる魚ではないからです。マグロのように素材そのものの力で押し切れない分、塩の当て方、酢の浸し方、包丁の入れ方といった手の仕事だけが味を決めます。隠れる場所がない。だからこそ、職人は生涯コハダに向き合い続けます。
光り物のなかでも、コハダは締め加減の幅がとりわけ広い魚です。同じ日の同じ魚を使っても、店ごとにまるで違う一貫になります。食べ比べる楽しみが最も大きい鮨種のひとつです。
新子からコノシロへ。名前が変わる魚
コハダは成長とともに呼び名が変わる出世魚です。夏に生まれた稚魚が新子、少し育つとコハダ、さらに大きくなるとナカズミ、成魚はコノシロと呼ばれます。面白いのは、大きくなるほど値が下がること。鮨種として尊ばれるのは、小さく手間のかかる新子とコハダの方です。
| 呼び名 | 大きさの目安 | 鮨種としての扱い |
|---|---|---|
| 新子 | 4〜7cmほど | 七月頃に出はじめる走り。数枚付けで握る |
| コハダ | 7〜10cmほど | 一枚付けの定番。仕事の見せどころ |
| ナカズミ | 13cmほど | 半身に切り付けて使われることも |
| コノシロ | 15cm以上 | 小骨が強く、鮨種よりも焼き物などに向く |
塩と酢の仕事。レシピではなく判断
コハダの仕込みは、開いて塩を当てるところから始まります。塩は余分な水分と臭みを引き出し、身を引き締めます。そのあとに酢へ。難しいのは、塩も酢も「何分」と決められないことです。魚の大きさ、脂ののり、その日の気温で、適切な時間は毎日変わります。
- 開いて塩を当てる大きさと脂を見て、塩の量と時間を決めます。
- 洗って塩を落とす余分な塩気を抜き、身の状態を確かめます。
- 酢に浸す締め加減の要。浅ければ生々しく、深ければ硬くなります。
- 寝かせる酢から上げてひと呼吸置き、味を落ち着かせます。
七月、新子の季節が始まる
七月、鮨屋のカウンターに新子が届きます。体長数センチの小さな魚で、一貫に二枚、三枚と重ねて握る数枚付けにします。小さいほど開くのも締めるのも難しく、仕込みの手間は普段のコハダの比ではありません。それでも走りの新子を心待ちにする方が多いのは、この時期にしか出会えない淡く繊細な味わいがあるからです。
奥赤坂の鮨 淡師でも、新子が届く七月は仕込み場の空気が変わります。締め・漬けといった江戸前の古典的な仕事を守る店にとって、新子は一年の節目のような存在です。
カウンターでのコハダの味わい方
おまかせでは、コハダは中盤に出てくることが多いようです。酢で締めてあるため醤油は控えめで足り、煮きりを塗って出す店なら、そのまま口に運ぶだけで完結します。手でも箸でも、普段の食べやすい方で大丈夫です。銀色の皮目に入った飾り包丁は見た目のためだけではなく、身のほどよい締まりを口当たりへ整える意味もあります。
酢の酸味と日本酒
酢で締めたコハダは、日本酒との相性を語られることの多い鮨種です。酸のしっかりした生酛系や、すっきりとした純米酒を合わせる方が多いようです。一貫ごとに酒を替える楽しみは、コハダで最も分かりやすく感じられるかもしれません。迷ったら、カウンター越しに気軽に尋ねてみてください。
よくあるご質問
新子はいつからいつまで食べられますか?
例年、七月頃から出はじめ、八月にかけてが中心です。成長の早い魚なので、走りの小さな新子に出会える期間は短く、数週間で終わることもあります。
コハダとコノシロは同じ魚ですか?
同じ魚です。成長段階で呼び名が変わり、新子、コハダ、ナカズミ、コノシロの順に大きくなります。鮨種として使われるのは主に新子とコハダで、大きなコノシロは小骨が強く、焼き物などに向くとされます。
光り物が苦手でも、コハダは食べられますか?
光り物の印象は店の仕事で大きく変わります。浅めに締めたコハダは酢の角が立たず、驚くほど食べやすいことがあります。苦手と伝えたうえで一貫だけ試してみるのも、カウンターならではの楽しみ方です。気負わなくて大丈夫です。
新子はなぜ高いと言われるのですか?
数センチの魚を一枚ずつ開いて締めるため、一貫あたりの手間が非常に大きいからです。走りの時期は入荷そのものが少なく、希少性も重なります。値段の中身は魚代というより、職人の時間だと考えると分かりやすいかもしれません。
ガイドから、カウンターへ
奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。
江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。
鮨 淡師で予約する The Tokyo Sushi Guide を見る
監修
鮨 淡師 大将江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ大将が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の版元です。
