江戸前鮨の四つの仕事:締め・漬け・煮る・熟成の入門

The Tokyo Sushi Guide の特集 監修|髙田 達央(奥赤坂 鮨 淡師 店主) 更新 読了 約7分

江戸前鮨で「仕事」と呼ばれるのは、締める、漬ける、煮る、熟成させるという四つの手当てのことです。品書きに並ぶ「小肌」「づけ」「煮蛤」といった言葉は、どれもこの四つのどれかを指しています。ここでは四つを順に見ていきます。読み終えたころには、目の前に置かれた一貫が、どんな手を経てきたのかが見当がつくはずです。

結論から

江戸前の仕事は、締め・漬け・煮る・熟成の四つに大別できます。もとは冷蔵設備のない時代に魚を保たせるための工夫で、今は魚ごとの持ち味を引き出し、酢飯と釣り合わせるための技術として受け継がれています。

この記事でわかること

  • 「仕事」という言葉が指すもの。保存法として生まれ、味の技術として残った経緯
  • 締め=塩と酢の二段構え。塩が抜くもの、酢が入れるもの
  • 漬け=煮切り醤油に浸す時間の幅と、漬けすぎたときに起きること
  • 煮る=穴子・蛤の火の入れ方と、ツメと煮切り醤油の違い
  • 熟成=仕立てを経た魚を寝かせる考え方。魚種で日数が変わる理由
  • 八月のカウンターで、四つの仕事がどんな順で現れるか
目次

江戸前の「仕事」とは、魚に手を入れること

江戸前鮨の品書きに「仕事」という言葉が出てきたら、それは魚に施した手当てのことです。切って握るだけではなく、塩を当て、酢に通し、醤油に漬け、地で炊き、あるいは寝かせる。氷も冷蔵庫もなかった江戸の町で、その日に揚がった魚を明日まで持たせるための知恵として始まりました。

保存の必要が薄れた現在も四つの仕事が残っているのは、手を入れた方が持ち味の立つ魚があるからです。塩は水分とともに生臭みを抜き、酢は身を締めて香りを添える。醤油は時間をかけて中へ入り、加熱は繊維をほどく。いずれも酢飯と釣り合う味に整えるための手順で、握りは魚と米の二つで一つ、という考え方がその根にあります。

仕事主な手当てよく使われる魚
締め塩を当てて水分を抜き、酢に通すコハダ、サバ、アジ、キス
漬け煮切り醤油に浸して味を入れるマグロの赤身、白身の一部
煮る薄い甘みの地で炊き、ツメを塗る穴子、蛤、蛸
熟成温度と時間を管理して寝かせるマグロ、鯛などの白身
肝心なところ: 四つの仕事は保存法として生まれ、味を引き出す技術として残りました。今も残っているものには、残るだけの理由があります。

締める:塩が抜くもの、酢が入れるもの

光り物の仕事は二段構えです。まず塩。身に直接ふる振り塩と、塩水に浸す立て塩があり、どちらも余分な水分を抜き、同時に生臭みを連れ出します。次に酢。身が引き締まり、脂の重さがほどけて、香りが移ります。塩と酢はそれぞれ別の役割を負っていて、片方だけでは締めになりません。

  1. 開いて骨を抜く小骨の位置は魚ごとに違い、指の腹で探りながら抜いていきます。
  2. 塩を当てる厚みと脂の乗りを見て時間を決めます。同じ日の同じ魚でも、一枚ごとに違うことがあります。
  3. 洗って酢に通す塩を落とし、酢に浸します。数十秒で上げるものから、しっかり浸すものまで幅があります。
  4. 落ち着かせるすぐには握らず、味がなじむまで置きます。この時間も仕事のうちです。

コハダは、この見極めが最も正直に出る魚として知られています。八月は、初夏に出はじめた新子が育ち、コハダと呼べる大きさに近づく頃。身が厚くなるにつれて塩と酢の時間も変わるため、同じ品書きの一貫でも、七月と八月では味わいが違って感じられることがあります。

漬ける:醤油が時間をかけて中へ入る

づけは、氷のなかった時代に赤身を保たせるための方法でした。使うのは煮切り醤油です。醤油に酒や味醂を合わせて煮立たせ、角を落として旨みを寄せたもので、生の醤油より穏やかに魚と馴染みます。

浸す時間は数分から十数分と幅があり、切り身の厚さと脂の量で変わります。長く漬ければ味は深く入りますが、身は硬くなり、塩味が前に出すぎることもあります。逆に表面だけ味を入れ、中心には赤身そのものの香りを残す仕立て方もあります。どちらが正しいということではなく、その日の魚と店の考え方の違いです。

味わいの見どころ: づけを口に入れたとき、醤油の味が舌に均一に広がるか、外側と中心で表情が変わるか。そこに漬け時間の判断が表れています。

煮る:穴子と蛤、そしてツメの一塗り

江戸前は生の魚だけの世界ではありません。実は加熱の仕事も、古くからの柱の一つです。穴子は滑りと骨を落としてから、醤油と酒と砂糖を控えめに合わせた薄い地で、短時間ふっくらと煮上げます。蛤は火を入れすぎると縮んで硬くなるため、沸かした地に入れてすぐ火を止め、冷めていく間に余熱で通す方法が取られることもあります。

その煮汁を煮詰めたものがツメです。刷毛で一塗りするだけで、煮上がった身の甘みと香りが握りの上でつながります。煮切り醤油とツメは混同されがちですが、煮切りは醤油をベースにした塗り醤油、ツメは煮汁を煮詰めた甘いたれで、別のものです。どちらも、卓上で客が醤油をつける手間を職人が引き受けている、という点では同じ考え方から来ています。

熟成:寝かせる時間を見極める

四つのうち、最も新しい顔をしているのが熟成です。血抜きや神経締めといった仕立てを経た魚を、温度と湿度を管理しながら寝かせると、身の成分が変化して旨みが増していきます。寝かせる日数は魚種、大きさ、脂の乗りで変わり、繊細な白身は短く、大きなマグロは長く置く傾向があります。同じ日数を当てはめれば良い、という性質のものではありません。

東京・奥赤坂の鮨 淡師では、江戸前の古典的な仕事に、津本式の技術を取り入れた熟成を合わせ、魚種ごとに最適な期間と温度を見極める考え方で仕事をしています。血抜きや仕立ては目的ではなく手段であり、その魚に合った熟成を施し、一番おいしい瞬間を見極めて供する。同店が熟成をそう位置づけているのは、寝かせること自体が目的になると、魚の持ち味から離れてしまうからです。

八月のカウンターで、四つの仕事に出会う

おまかせの流れの中では、四つの仕事が順に姿を現します。前半に酢締めの光り物、中盤にづけの赤身、後半に煮蛤や煮穴子、そのあいだに寝かせた種が挟まる、といった具合です。八月なら、新子から育ったコハダ、身の厚みを増してくる穴子、走りの新イカあたりが、その季節らしい顔ぶれになります。

品書きの言葉が分からなくても、気負わなくて大丈夫です。「これはどんな仕事ですか」と尋ねれば、たいていの職人は手短に、しかし嬉しそうに答えてくれます。一つ一つの技法をさらに掘り下げた記事は、東京鮨ガイドにまとめています。気になった仕事から読み進めてみても良いと思います。

よくあるご質問

江戸前鮨の「仕事」とは何ですか?

魚に施す手当ての総称で、締め・漬け・煮る・熟成の四つに大別されます。冷蔵設備のない江戸で魚を保たせるために生まれ、現在は魚の持ち味を引き出し、酢飯と釣り合わせるための技術として続いています。

締めと漬けはどう違うのですか?

締めは塩と酢を使って水分を抜き、身を引き締める仕事で、コハダやサバなどの光り物に多く使われます。漬けは煮切り醤油に浸して味を入れる仕事で、マグロの赤身が代表的です。抜く仕事と、入れる仕事、と考えると整理しやすくなります。

煮切りとツメは同じものですか?

別のものです。煮切りは醤油に酒や味醂を合わせて煮立たせた塗り醤油で、白身や赤身などに刷毛で塗ります。ツメは穴子や蛤を煮た煮汁を煮詰めた甘いたれで、煮上げた種にかけます。どちらも職人が味を決めて出すという点は共通しています。

熟成させた鮨は、生の鮨と何が違いますか?

寝かせることで身の成分が変化し、旨みが増して味の輪郭が丸くなる傾向があります。歯ざわりも、締まった弾力から、しっとりと舌に馴染む方向へ変わっていきます。日数は魚種や大きさで変わるため、同じ魚でも店ごとに仕上がりが違います。

江戸前の仕事は、今も全部の店でやっているのですか?

店によって考え方が異なります。四つの仕事をひととおり用いる店もあれば、素材の鮮度を生かして手当てを控えめにする店もあります。おまかせの品書きや、握りに醤油が塗られて出てくるかどうかを見ると、その店の方針が見えてきます。

ガイドから、カウンターへ

奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。

江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。

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カウンターに立つ奥赤坂 鮨 淡師 店主 髙田 達央

監修

江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。

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