なぜ江戸前のシャリは赤酢なのか。歴史と白酢との違い、熟成ネタとの相性

The Tokyo Sushi Guide の特集 監修|髙田 達央(奥赤坂 鮨 淡師 店主) 更新 読了 約6分

鮨をつまんでいて、シャリがほのかに赤みを帯びていることに気づいた経験はないでしょうか。それは赤酢の仕事です。酒粕から生まれたこの酢は、江戸の屋台鮨とともに広まり、いま熟成鮨の広がりとともにあらためて選ばれています。この記事では、赤酢とは何か、なぜ江戸前と結びついたのか、白酢と何が違うのかを順にたどります。読み終えるころには、カウンターの一貫がもう少し立体的に見えてくるはずです。

この記事でわかること

  • 赤酢の原料と造り方。酒粕を数年寝かせて醸す粕酢の基本
  • 江戸後期の屋台鮨で赤酢が広まった歴史の背景
  • 白酢(米酢)との違い。色・酸味・砂糖の使い方
  • 熟成ネタや酢締め・漬けと赤酢が響き合う理由
  • 赤酢と米酢を使い分ける現代のカウンターの工夫
  • 七月のカウンターで赤シャリを味わうときの着眼点
目次

赤酢とは。酒粕から生まれる琥珀色の酢

赤酢とは、酒粕を原料に醸した酢のことで、粕酢とも呼ばれます。搾りたての白い酒粕を蔵で数年寝かせると、飴色から黒褐色へと変わり、旨味のもとになる成分を静かに蓄えていきます。これを溶いて発酵させたものが赤酢です。色は淡い琥珀色。米酢に比べて酸の角が丸く、香りにはかすかな熟成香があります。

この酢で仕込んだシャリはほんのり赤みを帯びるため、赤シャリと呼ばれることもあります。名前ほど赤くはなく、実際に目にすると、薄い琥珀がかった上品な色合いです。

江戸の屋台鮨が赤酢を選んだ理由

握り鮨が江戸の屋台で広まったのは江戸後期のことです。当時、米から造る酢は高価で、日々の商いには使いにくいものでした。そこに現れたのが、酒造りの副産物である酒粕を生かした粕酢です。手頃でありながら旨味が濃く、砂糖が貴重だった時代でも、塩と合わせるだけでシャリの味が決まりました。倹約と味わいが、ひとつの酢の中で両立していたのです。

肝心なところ: 赤酢が江戸前に根づいたのは、値段の手頃さに加えて、旨味の濃さが屋台の速い仕事と相性がよかったためです。

白酢との違い。酸味・色・砂糖の使い方

現在、広く使われている白酢は米を原料とする米酢のことです。原料が違えば、味の設計も自然と変わります。白酢は明るくまっすぐな酸味が持ち味で、砂糖で丸みを補うことが多いようです。一方の赤酢は酸がおだやかで、旨味とコクが前に出ます。そのため砂糖を控えるか、塩と酢だけで仕立てる店も見られます。

項目赤酢のシャリ白酢のシャリ
原料酒粕(数年熟成させたもの)
淡い琥珀色〜薄い赤褐色白に近い
酸味角が丸く、おだやか明るく、切れがよい
味の軸旨味とコクすっきりとした酸
砂糖控えめ、または使わない仕立ても加えて丸みを出すことが多い

どちらが上ということではありません。合わせるネタと、その店が描く味の設計によって、選ばれる酢が変わるのです。

熟成ネタと赤酢が響き合う理由

近年、赤酢をあらためて選ぶ店が増えた背景には、熟成という仕事の広がりがあります。魚を適切な期間・温度で寝かせると、イノシン酸などの旨味成分が増え、味の輪郭が深くなります。その深みに対して、すっきりとした白酢のシャリでは釣り合いが取りにくいことがあり、旨味の濃い赤酢がちょうど噛み合うのです。

これは実は新しい話ではありません。小肌の酢締めや鮪の漬けといった江戸前の古典的な仕事は、いずれもネタに旨味と輪郭を与える技法です。赤酢のシャリは、そうした「仕事をしたネタ」と昔から寄り添ってきました。熟成はその延長線上にある現代の仕事だと考えると、赤酢との相性のよさも自然に頷けます。

赤か白かの二択ではない。現代の使い分け

赤酢か白酢か、と二択で語られがちですが、実際のカウンターには、その間に多くの工夫があります。赤酢と米酢を合わせて酸の角を整える店。白身には白酢、漬けや熟成ネタには赤酢と、二種類のシャリを炊き分ける店。酢の選択は流儀の宣言というより、その日のネタに合わせた調律に近いものです。同じ赤酢でも、塩の効かせ方や酢の合わせ方で表情は大きく変わります。

七月のカウンターで、赤シャリを味わう

七月のカウンターには、新子や鯵、鱚といった夏の魚が並びはじめます。酢で締めた新子と赤シャリの取り合わせは、江戸前の夏の楽しみのひとつです。握りを口に運ぶ前に、シャリの色と香りへ一呼吸だけ意識を向けてみてください。ほんのり琥珀がかっていれば、それは赤酢の仕事かもしれません。

東京・奥赤坂の鮨 淡師のように、江戸前の古典的な仕事とていねいな熟成を合わせる店を訪ねるときは、シャリがネタとどう釣り合っているかを味わってみると、一貫の景色が変わります。難しい作法は要りません。気になったことを職人に尋ねてみるのも、カウンターの楽しみのうちです。

よくあるご質問

赤酢のシャリは酸っぱいのですか?

むしろ酸味はおだやかです。赤酢は酒粕由来の旨味とコクが主役で、口に含んでも酸の角が立ちにくく、ネタの余韻と静かに重なります。強い酸を想像して身構える必要はありません。

シャリが茶色っぽいのは、お米が古いからですか?

いいえ、赤酢の色によるものです。酒粕を数年熟成させた酢は淡い琥珀色をしており、その色がシャリに移ります。劣化ではなく、江戸前の伝統に連なる仕込みの印です。

赤酢と白酢は、どちらが上等ですか?

優劣ではなく、設計の違いです。すっきりした酸で淡い魚を引き立てたいなら白酢、熟成や漬けなど旨味の濃いネタに寄り添わせたいなら赤酢、というように、店ごとの味の描き方によって選ばれます。両方を炊き分ける店もあります。

家庭でも赤酢のシャリは作れますか?

市販の赤酢を使えば作れます。赤酢自体に旨味があるため、砂糖は控えめに、塩をやや効かせるのが目安とされます。まずは普段の合わせ酢の一部を赤酢に置き換えて、香りの違いを確かめてみるのも一つの方法です。

ガイドから、カウンターへ

奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。

江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。

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カウンターに立つ奥赤坂 鮨 淡師 店主 髙田 達央

監修

江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。

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