漬けまぐろとは何か。江戸前が冷蔵庫を持たない時代に生んだ旨味の技法

The Tokyo Sushi Guide の特集 監修|髙田 達央(奥赤坂 鮨 淡師 店主) 更新 読了 約6分

漬けまぐろの飴色は、味を濃くするための色ではなく、冷蔵庫のない時代に魚を保たせるための工夫から始まりました。この記事では、漬け地に使う煮切り醤油の組み立て、数分と数十分で変わる身の様子、赤身と中トロで扱いが分かれる理由を順に見ていきます。保存の知恵が、味の設計へ変わっていくまでの筋道です。

結論から

漬けは、まぐろを煮切り醤油に浸して味を入れる江戸前の技法です。冷蔵設備のない時代に保存のために生まれ、醤油の塩分が水分を抜き、身が締まって旨味が凝縮します。現在の握りでは数分から十数分ほど当てるのが主流で、脂の少ない赤身にとくによく合います。

この記事でわかること

  • 漬けが生まれた背景と、保存から味付けへ役割が移った経緯
  • 漬け地に使う煮切り醤油の組み立てと、煮切る理由
  • 数分・十数分・数十分で変わる、身の色と締まり
  • 赤身、中トロ、大トロで漬けの扱いが分かれる理由
  • 漬けと熟成の違い、そして重ね方
  • 漬けの一貫が出されたときの、醤油の扱い
目次

漬けとは、醤油に浸して味を入れる仕事

漬けは、切りつけたまぐろを、醤油に酒や味醂を合わせた漬け地へ浸し、表面から味を入れる江戸前の仕事です。カウンターでは「づけ」と濁って呼ばれることもあります。刷毛で醤油を塗るのとは違い、浸した時間の分だけ、味は身の内側へ進みます。

見た目でまず気づくのは色です。漬けたまぐろは表面が飴色から赤褐色に変わり、切り口の芯には元の赤が残ります。この色は醤油によるもので、魚が古いことを意味しません。

肝心なところ: 漬けは味を足す仕事であると同時に、身から水分を抜いて味を締める仕事です。

冷蔵設備のない時代の、保存の知恵

江戸の町にまぐろが運ばれた時代、魚を冷やす手立ては限られていました。赤身は色が変わりやすく、そのままでは長く置けません。そこで醤油に浸して表面の水分を抜き、日持ちを伸ばしたと伝えられます。当時は柵のまま数時間から一晩置くこともあったとされ、現在の握りよりずっと長い漬けでした。

同じ頃、脂の多いトロは傷みが早く、扱いに困る部位だったと伝えられます。江戸前で赤身の仕事が磨かれたのは、赤身こそが普段の魚だったからでもあります。保存のために始まった技法が、結果として旨味を足す技法になりました。

漬け地は、煮切ってから使う

漬け地の基本は、醤油に酒と味醂を合わせて火にかけ、煮切ったものです。煮切るのは酒気の角を抜き、香りを落ち着かせるためで、生の醤油に浸すよりも味が丸く入ります。昆布や鰹の出汁を少し加え、塩気をやわらげる仕立ても見られます。

  1. 漬け地を煮切る醤油に酒と味醂を合わせ、火を入れて角を取ります。冷ましてから使います。
  2. 表面を湯引きする熱湯にくぐらせて氷水に落とし、身の表面を締めます。省く仕立てもあります。
  3. 柵から切りつける握る大きさに切ってから浸すと、時間の加減が読みやすくなります。
  4. 漬け地に浸す時計で計るより、身の色と締まり具合を見て引き上げます。
  5. 余分を拭う表面の漬け地を軽く拭き、シャリと合わせて握ります。

数分と数十分で、身は別のものになる

漬けの時間は、味の濃さだけでなく身の質感を変えます。短く当てれば赤身の香りがそのまま残り、長く置けば醤油が芯まで届いて締まりが強くなります。現在の握りでは短めの漬けが主流で、数分から十数分ほどに収める職人が多いようです。

漬け時間身の変化向く部位・使いみち
数分ほど当てる表面にだけ味がのり、赤身の香りが立つ薄く切った赤身、中トロ
十分前後軽く締まり、醤油と魚の旨味が一つに見える赤身の握り
三十分以上色が飴色に変わり、味が中心近くまで入る筋の強い部位、巻物や小丼
数時間から一晩水分が抜けて硬くなり、塩気が前に出る冷蔵設備のない時代の保存法

同じ漬け地でも、身の厚さや脂の量で入り方は変わります。時間の数字より、切り口の色を見て決めるほうが確かです。

赤身に向き、大トロには向きにくい

漬けがもっともよく合うのは赤身です。脂が少ないぶん漬け地が入りやすく、醤油のアミノ酸がまぐろ自身の旨味に重なります。中トロは脂が壁になるため、赤身と同じ時間では味が乗りきらないことが多く、薄く切って短く当てる扱いが向きます。

大トロを漬けにする例は少なく、そのまま握るか、軽く炙って脂を立てる仕立てが選ばれる傾向があります。筋の強い部分は漬けてから細かく叩き、巻物や小丼に回すこともあります。同じ一本のまぐろでも、部位ごとに漬けの向き不向きは分かれます。

漬けと熟成は、向きが逆の仕事

漬けと熟成は、どちらも旨味を増やす仕事ですが、向きが逆です。漬けは外から醤油の味を入れ、水分を抜いて輪郭を締めます。熟成は魚自身の成分が時間のなかで変化し、内側から旨味が増していきます。

そのため、熟成で旨味がのった赤身に長く漬けを当てると、味が重なりすぎることがあります。江戸前の締め・漬け・煮切りに熟成を合わせる鮨 淡師のようなカウンターでは、漬けは保存の手立てではなく、その日の身に合わせて味を組み立てる手立てとして使われます。時間を短くするのも、あえて当てないのも、同じ判断のうちにあります。

七月の赤身と、漬けの一貫

七月のまぐろは、脂の乗りが控えめになると言われる時期です。冬の本まぐろのような大トロの厚みは望みにくい代わりに、赤身の輪郭がはっきりと出ます。水分を多く感じる赤身に短い漬けを当てると味の芯が定まり、夏のやや強めに酢を効かせたシャリともよく合います。

漬けが出されたら、醤油はつけずにそのままどうぞ。すでに味が入っているので、足すと塩気が前に出ます。手でも箸でも構いませんし、順番を気にして慌てる必要もありません。読みものの一覧では、赤身と中トロの違いなど、まぐろの見かたも扱っています。

よくあるご質問

漬けまぐろに醤油をつけてもいいですか?

つけないほうが味が整います。漬けは醤油の味がすでに身に入った状態で出されるため、さらに足すと塩気が立ち、まぐろの香りが隠れてしまいます。物足りなく感じたときは、次の一貫の握り具合とあわせて職人に伝えてみても構いません。

漬けと熟成は同じものですか?

別の仕事です。漬けは醤油の味を外から入れて水分を抜く技法で、熟成は魚自身の成分が時間とともに変化して旨味が増える現象です。両方を組み合わせる店もありますが、熟成が進んだ身には漬けを短く当てる扱いが選ばれる傾向があります。

漬けまぐろが黒っぽく見えるのは、鮮度が落ちているからですか?

漬け地の色です。醤油に浸すと表面が飴色から赤褐色に変わり、切り口の内側には元の赤が残ります。赤身が酸化して褪せた色とは質が違い、漬けの表面には艶が出ます。

漬けは何分くらい浸すのが基本ですか?

現在の握りでは数分から十数分ほどが主流のようです。ただし身の厚さや脂の量で入り方が変わるため、時間より切り口の色と締まり具合を見て引き上げる考え方が一般的です。冷蔵設備のない時代には数時間から一晩浸すこともあったと伝えられます。

鉄火巻きの中身は漬けまぐろですか?

店によって分かれます。漬けにした赤身を使う場合と、漬けずに赤身をそのまま巻く場合があり、筋の強い部位を漬けてから叩いて使う仕立ても見られます。気になれば、その日の中身を尋ねてみると話が広がります。

ガイドから、カウンターへ

奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。

江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。

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カウンターに立つ奥赤坂 鮨 淡師 店主 髙田 達央

監修

江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。

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