江戸前の六つの仕事|鮨が「新しさ」の料理ではない理由

The Tokyo Sushi Guide の特集 監修|髙田 達央(奥赤坂 鮨 淡師 店主) 更新 読了 約6分

江戸前鮨の「仕事」とは、〆・漬け・煮・蒸し・炙り・熟成の六つを指します。氷も冷蔵庫もない江戸で、魚を売り切るために生まれた手当ての技術が、今も東京のカウンターに残っています。それぞれの仕事が魚の何を変えるのかを、順に見ていきます。

結論から

江戸前鮨は鮮度を競う料理ではなく、魚に手を加えて味を引き出す技術の体系です。〆・漬け・煮・蒸し・炙り・熟成という六つの仕事があり、いずれも生のままでは届かない旨みと香りを生むために積み重ねられてきました。

この記事でわかること

  • 江戸前の「仕事」が指す六つの技法とその違い
  • 〆で塩と酢を当てる時間が魚ごとに変わる理由
  • 漬けが保存法から味の技法へ変わった経緯
  • 煮と蒸しが向く魚、そして「詰め」の正体
  • 炙りの狙いが焼くことではなく脂を溶かすことにある理由
  • 熟成の前提になる血と水の処理
目次

江戸前の「仕事」とは何を指すのか

江戸前鮨が今の形に近づいたのは、氷も冷蔵庫もない江戸の後期です。江戸湾で揚がった魚を数日のうちに売り切る必要があり、職人は塩を当て、酢に浸し、醤油に漬け、煮て、蒸しました。この手当ての総称が「仕事」です。

現在よく挙げられるのは〆・漬け・煮・蒸し・炙り、そして熟成の六つ。前の五つは江戸から続く古典で、熟成は流通と保存の技術が変わった近年に体系化が進みました。

肝心なところ: 江戸前の仕事は魚を長持ちさせるためだけの工夫ではなく、生のままでは出ない旨みと香りを引き出すために磨かれてきた技術です。
仕事主に使う魚何が変わるか
小肌、鯖、鰺水分が抜け、身が締まり、酸の香りがのる
漬け鮪の赤身、白身醤油の旨みが入り、身に粘りが出る
穴子、蛤、蛸繊維がほどけ、煮汁の甘みが移る
蒸し鮑、穴子硬い身がやわらぎ、香りが立つ
炙りのどぐろ、鰆、金目鯛皮際の脂が溶け、香ばしさが加わる
熟成鮪、白身、貝水分が抜け、旨みの成分が増える

〆 塩と酢で水を抜く

〆は、塩を当てて水分を抜き、酢に浸して身を落ち着かせる仕事です。光り物に使われることが多く、小肌、鯖、鰺が代表格になります。

  1. 塩を当てる身に塩をふり、余分な水分と生臭さのもとを引き出します。
  2. 酢に浸す塩を洗い、酢に沈めます。ここで身が締まり、酸の香りが入ります。
  3. 落ち着かせるすぐには握らず、置いて酸をなじませます。角が取れ、味がまとまります。

塩と酢に触れる時間は、魚の大きさ、脂ののり、その日の気温で変わります。八月に出回る新子は数センチの幼魚で、塩も酢もごく短く当てます。同じ魚が秋に育てば、倍以上の時間をかけることもあります。決まった分数があるのではなく、身の状態を見て決める仕事です。

漬け 醤油を身に入れる

漬けは、醤油に煮切った酒や味醂を合わせた漬け地に魚を沈める仕事です。鮪の赤身が最もよく知られています。

冷蔵のなかった時代、鮪は傷みやすく、脂の多い部位はむしろ好まれなかったと伝えられます。醤油に漬けて日持ちさせたのが始まりでした。ところが漬けた赤身は色が深い小豆色に変わり、身に粘りが出て、噛むほどに旨みが広がります。保存のための工夫が、味のための技法として残りました。

漬け地の濃さと浸す時間は店ごとに違います。表面だけを軽く通す仕事もあれば、芯まで味を入れる仕事もあり、同じ「漬け」でも一貫の印象は大きく変わります。

煮と蒸し 火を通してほどく

煮る仕事の代表は穴子です。酒、醤油、砂糖を合わせた煮汁で炊き、箸で切れるやわらかさに仕上げます。この煮汁を煮詰めたものが「詰め」で、握りの上に刷かれる、甘く艶のあるたれの正体です。蛤は火を入れすぎないよう、煮汁に通してから余熱で仕上げる手が多く見られます。

蒸しは鮑によく使われます。酒と昆布を加えて長く蒸すと、生では硬い身がやわらぎ、磯の香りが立ちます。夏は鮑の旬にあたり、八月のカウンターでは肝を合わせたたれとともに供されることがあります。

炙り 皮と脂にだけ火を入れる

炙りは、皮目や身の表面だけに火を当てる仕事です。藁や炭を使い、香りごと移す場合もあります。

狙いは焼くことではなく、皮の下の脂を溶かすことにあります。のどぐろ、鰆、金目鯛のように皮際へ脂を蓄える魚は、わずかに熱を入れるだけで香りが立ち、口の中でのほどけ方が変わります。炙ったあと氷水で締めるか、そのまま握るかでも仕上がりは違ってきます。

熟成 時間そのものを仕事にする

熟成は、魚を寝かせて水分を抜き、旨みの成分を増やしていく仕事です。〆や漬けのように何かを足すのではなく、時間の経過そのものを扱います。

前提になるのが血と水の処理です。血が残った身は寝かせにくく、仕立ての精度が結果を大きく左右します。近年は津本式のような手法が広まり、置ける期間の幅が広がりました。奥赤坂の鮨 淡師でも津本式の技術を取り入れ、魚種ごとに適した期間と温度を見極めています。

適した長さは魚によって違い、白身は比較的短く、鮪や一部の貝はより長く置くことがあります。血抜きや仕立ては目的ではなく手段で、その魚が一番おいしくなる瞬間を見極めることが仕事だという考え方が、この技法の背骨にあります。

六つの仕事を、カウンターでどう味わうか

六つすべてが一度の食事に並ぶとはかぎりません。季節と仕入れによって、その日に生きる仕事が選ばれます。八月なら、新子の〆、蒸した鮑、炊いた穴子が重なりやすい時期です。

気負わなくて大丈夫です。気になったときに「これはどんな仕事ですか」と尋ねれば、多くの職人は言葉を惜しみません。普段は聞きづらいと感じる方も多いようですが、握りが出た直後の短い一言なら、流れを止めずに済みます。

江戸前の鮨を、新鮮な魚を切って乗せた料理と受け取る方は少なくありません。実は、その反対に近い料理です。魚に何をしたのかを見るようになると、一貫の見え方が変わります。

よくあるご質問

江戸前鮨は生の魚を使わないのですか

生のまま握る魚も多くあります。ただし江戸前では、何も手を加えないことより、その魚に合う手当てを選ぶことが仕事の中心に置かれてきました。〆や漬けをした一貫と、生の一貫が同じ卓に並ぶのが普通です。

〆と漬けの違いは何ですか

〆は塩と酢で水分を抜いて身を締める仕事、漬けは醤油を主とした漬け地で味を入れる仕事です。〆は主に小肌や鯖などの光り物、漬けは鮪の赤身に使われることが多く、狙う変化も、身から水を抜くか、身に旨みを入れるかで異なります。

熟成した魚は鮮度が落ちているということですか

単に古いものとは別のものです。熟成は、血や水の処理をしたうえで温度と期間を管理し、旨みが増す時点を狙って寝かせる仕事を指します。放置とは工程が違い、魚ごとに適した長さも変わります。

六つの仕事は一回の食事で全部出てきますか

そろわないことのほうが多いと考えてよいと思います。おまかせの構成はその日の仕入れと季節で決まるため、夏は蒸しや〆、冬は熟成や漬けが目立つといった傾向が出ます。何が使われているかを一貫ごとに見ていくと、店の考え方が見えてきます。

六つの仕事について、もっと詳しく知るには

魚別の解説や季節ごとの読み物はThe Tokyo Sushi Guideにまとめています。小肌の〆、赤身の漬け、熟成の考え方など、この記事で触れた技法をそれぞれ掘り下げた記事があります。

ガイドから、カウンターへ

奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。

江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。

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カウンターに立つ奥赤坂 鮨 淡師 店主 髙田 達央

監修

江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。

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