車海老は串を打って茹で、牡丹海老は生のまま握る。同じ海老でも、鮨のカウンターでの仕事は正反対です。この記事では、茹で海老の江戸前仕事が何を引き出しているのか、生の海老のねっとりした粘りと甘みがどこから来るのかを、季節とカウンターでの所作に沿って解説します。
結論から
車海老は串を打って塩茹でし、人肌の温もりが残るうちに握ることで、香りと弾むような甘みを立たせる江戸前の古典です。牡丹海老は生で握り、ねっとりした粘りと舌に長く残る甘みを味わいます。
この記事でわかること
- 串打ち・塩茹で・陸上げという車海老の江戸前の手順
- 茹で海老を人肌の温もりで握る理由と、頭の味噌の使い方
- 「牡丹海老」として出回る海老の多くがトヤマエビである理由
- 生の海老に粘りと甘みが出るしくみと、黒変の見分け方
- 煮きり、塩とすだちなど、海老に合う味付けの選び方
- 十月のカウンターで出会いやすい海老の顔ぶれ
目次
茹でる車海老、生で握る牡丹海老
江戸前鮨で海老といえば、長く車海老の茹で海老のことでした。冷蔵の手段が乏しかった時代、火を通すことは日持ちのための工夫であり、同時に香りと色を引き出す仕事でもありました。牡丹海老や甘海老を生で握る流れが広がったのは、輸送と冷蔵が整ってからのことです。
| 項目 | 車海老 | 牡丹海老 |
|---|
| 主な仕立て | 串を打って塩茹で | 殻をむいて生のまま |
| 食感 | ぷつりと弾む | ねっとりとした粘り |
| 甘みの出方 | 加熱で香りとともに立つ | 舌の上でゆっくり広がる |
| 色 | 茹でて鮮やかな紅白 | 透きとおる淡い朱 |
車海老の江戸前仕事:串打ちから陸上げまで
茹で海老の仕事は、海老をまっすぐに保つところから始まります。
- 串打ち腹側に竹串や金串を通し、茹でても身が丸まらないようにします。
- 塩茹でたっぷりの湯に塩を入れ、大きさを見ながら短い時間で引き上げます。色を冴えさせるため、酢を少し落とす職人もいます。
- 陸上げ氷水に落とさず、ざるに上げて冷ます手法です。水っぽさを避け、香りを身に残します。
- 開き殻と背わたを除き、腹から包丁を入れて開き、シャリに沿う形に整えます。
殻の赤は、加熱によって色素がたんぱく質から離れることで現れます。茹で過ぎれば身が締まって甘みが痩せ、足りなければ芯が透けて粘る。その見極めに職人の手のうちが表れます。茹でた身を甘酢にくぐらせて味を含ませる古い仕事もあり、いまもこれを受け継ぐ店があります。
茹でたての温もりで握る理由
江戸前のカウンターでは、茹で置きをせず、出す頃合いが近づいてから茹でる店が少なくありません。冷えきった茹で海老は身が締まり、香りも閉じてしまうためです。人肌ほどの温もりが残るうちに握ると、ふくらむような甘みと殻由来の香ばしさが鼻に抜けます。
肝心なところ: 茹で海老の甘みは温度で大きく変わります。供された一貫がほのかに温かいのは、茹で上がりの瞬間に合わせて手を動かした結果です。
頭に詰まった味噌を、身とシャリのあいだに薄くはさむ職人もいます。濃いうま味が身の甘みを下から支え、一貫に奥行きが出ます。
牡丹海老の正体と、ねっとりした甘み
標準和名のボタンエビは駿河湾などで獲れる海老ですが、流通量はわずかです。市場や鮨店で「牡丹海老」として扱われるものの多くは、北海道などで獲れるトヤマエビだと言われます。どちらも大ぶりで、生で握ると身が舌にまとわりつくような粘りを見せます。
生の海老の甘みは、グリシンなどのアミノ酸によるところが大きいとされます。獲れてすぐの身はこりっと硬く、少し時間を置くと身がゆるみ、粘りと甘みが増す傾向があります。ただし置きすぎると頭の方から黒ずむ「黒変」が進み、香りも落ちていきます。甘みが乗り、身がまだ澄んでいるあいだを見計らうことが、生の海老を扱う仕事の要です。
鮨 淡師では、魚に合った熟成を施し、一番おいしい瞬間を見極めて供するという考え方で仕事をしています。甘みの頃合いを見るこうした海老の扱いにも、同じ考え方が通じています。
煮きりか、塩とすだちか
茹でた車海老には、煮きりを薄くひと刷けする仕立てがよく見られます。生の牡丹海老には、煮きりのほか、塩をひとつまみとすだちを数滴という選び方もあり、甘みの輪郭がくっきりと立ちます。十月はすだちの香りがまだ青く、生の海老とよく合う時期です。
握りのあとに、牡丹海老の頭を焼いたり椀に仕立てたりして出すカウンターもあります。頭の味噌の濃さは、身の甘みとはまた別の味わいです。尾は皿に残しても構いません。気負わなくて大丈夫です。
十月のカウンターで出会う海老
天然の車海老は夏から秋にかけてが旬とされ、十月はその名残の頃にあたります。養殖ものは一年を通して出回り、九州は車海老の養殖が盛んな土地でもあります。牡丹海老は産地によって漁期が分かれ、秋に漁の盛りを迎える海域もあります。
おまかせの流れでは、茹で海老は中盤から後半に、生の海老は白身や光り物のあとに置かれることが多いようです。どちらが出るかは、その日の仕入れと職人の組み立て次第です。茹でたての温もりか、生の粘りか。一貫ごとの違いを舌で確かめてみてください。
よくあるご質問
鮨の車海老と牡丹海老の違いは?
車海老は串を打って塩茹でし、香りと弾む食感を引き出す江戸前の古典です。牡丹海老は生のまま握り、ねっとりした粘りと舌に長く残る甘みを味わいます。同じ海老でも、仕事の方向が正反対です。
茹で海老の握りが温かいのはなぜ?
冷えると身が締まり、香りも閉じてしまうためです。出す頃合いに合わせて茹で、人肌の温もりが残るうちに握る店が多く、そのほうが甘みと殻の香ばしさがよく立ちます。
牡丹海老と甘海老はどう違う?
甘海老(標準和名ホッコクアカエビ)は小ぶりで、とろりとした甘みが持ち味です。牡丹海老として出回るものの多くはトヤマエビで、大ぶりで身が厚く、粘りと食べごたえがあります。
海老の頭や尻尾は食べてもいい?
尾は皿に残して構いません。頭を焼いたり椀に仕立てたりして出された場合は、濃い味噌の味わいを楽しめます。迷ったときは、カウンター越しに職人へ尋ねてみてもよいでしょう。
監修
髙田 達央
江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。