鮨屋の一日は、客が席に着くおよそ12時間前、夜明け前の市場から始まります。この記事では、市場での仕入れから魚の下処理、締めや漬けの仕込み、シャリ炊き、開店直前の支度までを時間の順にたどります。カウンターの向こうで見えない仕事が、目の前の一貫にどうつながっているのかを解説します。
結論から
鮨屋の一日は、早朝の市場での仕入れに始まり、魚の下処理、締めや漬けの仕込み、夕方のシャリ炊きを経て開店を迎えます。客の目に触れるのは最後の数時間で、仕事の大半はその前に終わっています。
この記事でわかること
- 早朝5時台の市場で、その日の仕入れが決まる流れ
- 魚を下ろしてから、塩・酢・醤油で仕込むまでの順序
- 今日仕入れた魚が今日の一貫になるとは限らない理由
- シャリを営業に近い時間に炊き、人肌に保つ理由
- 10月のカウンターで仕込みに手のかかる魚
- 開店前の最後の一時間に整えること
目次
午前5時、市場で仕入れる魚が決まる
豊洲市場では、早朝5時台からマグロのセリが始まります。鮨職人の多くはセリに直接加わるのではなく、仲卸と呼ばれる目利きの店を通して魚を買います。店先で入荷の顔ぶれや脂の乗り、身の張りを確かめ、何をどれだけ仕入れるかを決めていきます。
市場へ足を運ばず、信頼する仲卸や産地から届けてもらう店も少なくありません。どちらの場合も、予約の人数と、すでに店で寝かせている魚の具合を頭に置き、足りないものを補うように買うのが普通です。
朝7時、店に戻って魚を下ろす
仕入れた魚は、まず鱗を引き、頭と内臓を外して水洗いします。血合いや腹の内側に残った血を丁寧に除くこの工程は、身の持ちと香りを大きく左右します。
そのあと三枚に下ろして柵に取り、水気を拭いて紙で包みます。魚の温度を上げないよう、ここは手早く進めます。地味な作業ですが、一日のなかでも気の抜けない時間です。
午前から昼すぎ、締める・漬ける・煮る
下ろした魚は、それぞれに合った江戸前の仕事に回されます。おおよその流れは次のとおりです。
- 塩をあてるコハダや鯖に塩を振り、余分な水分と臭みを抜く。
- 酢で締める塩を洗い流したあと酢に浸け、身を締めて旨みを整える。
- 漬けるマグロの赤身などを煮きり醤油に浸け、味を含ませる。
- 煮る穴子を煮て、その煮汁を煮詰めてツメを作る。
- 焼く店によっては、芝海老や山芋を合わせた玉子焼きに時間をかける。
コハダは身の大きさや脂の具合で塩と酢の時間を変えるため、同じ魚でも日ごとに加減が異なります。
今日の魚が、今日の一貫とは限らない
仕込みの時間には、数日前に仕入れた魚の様子を見る仕事も含まれます。熟成させる魚は、白身なら数日から一週間ほど寝かせる店もあり、マグロはさらに長く置かれることがあります。表面の色や香り、身の締まりを確かめ、今日出すか、もう一日待つかを決めます。
奥赤坂の鮨 淡師では、津本式の技術を取り入れ、魚種ごとに熟成の期間と温度を見極めています。血抜きや仕立ては目的ではなく手段であり、その魚が一番おいしい瞬間に出すという考え方です。
肝心なところ: カウンターに並ぶ一貫は、その朝に仕入れた魚と、何日も前から寝かせてきた魚が合わさってできています。
午後3時すぎ、シャリを炊き、薬味を整える
シャリは、営業に近い時間に炊く店が多い仕事です。炊き上がった米に合わせ酢を切るように混ぜ、おひつに移して人肌ほどの温度を保ちます。冷えると米が締まり、ネタとのなじみが変わるためです。赤酢を使う店では、酢の色が移ってほんのり茶色いシャリになります。
本わさびは香りが飛びやすいため、使う分をその都度おろすカウンターが多く見られます。ガリを切り、ツメを温め、煮きりを整えて、つけ場の道具を並べていきます。
10月の仕込みで手がかかる魚
秋の魚は脂が乗る分、塩や酢の加減を夏とは変えることが多くなります。10月のカウンターでよく見かける魚と、その主な仕込みをまとめました。
| 魚 | 10月の様子 | 主な仕込み |
|---|
| 戻り鰹 | 南へ下りながら脂を蓄える | 皮目を藁や炭であぶる、または漬ける |
| 秋刀魚 | 脂が乗る時季 | 塩や酢で軽く締める |
| イクラ | 卵の皮がやわらかい時季 | 筋子をほぐし、醤油に漬ける |
| 鯖 | 秋から脂が増え始める | 塩と酢で締める |
午後5時、のれんを掛けるまで
開店前の最後の一時間は、檜のつけ台を拭き、器を選び、ネタ箱に柵を収める時間です。客が目にするのはここから先の数時間ですが、一貫の味の多くは、それまでの12時間でほぼ決まっています。
鮨 淡師では、鮨を「命をつなぐ仕事」と捉えています。漁師が獲り、仲卸が目利きし、仕立て師が整えた魚を、最後に受け取って握るという考え方です。
カウンターでは気負わなくて大丈夫です。目の前の一貫の向こうにある長い一日を、少しだけ思い浮かべてみてください。
よくあるご質問
鮨屋の仕込みは何時から始まりますか?
市場で仕入れる店では、早朝5時前後に動き始めることが多いようです。下処理や締めの仕事は昼すぎまで続き、シャリ炊きなど営業に近い仕事は夕方に行う傾向があります。
鮨職人は毎日市場に行くのですか?
店によって異なります。毎朝市場へ足を運ぶ職人もいれば、信頼する仲卸や産地から届けてもらう店もあります。市場の休市日には、前日までに仕入れた魚で営業するのが普通です。
鮨屋の魚はその日に仕入れたものですか?
当日の魚だけとは限りません。熟成させる魚は数日前から寝かせていることがあり、締めや漬けのように前日から仕込む仕事もあります。鮮度と熟成のどちらを活かすかは、魚と店の考え方によって変わります。
鮨のシャリはいつ炊くのですか?
営業に合わせて夕方に炊く店が多く、営業中に炊き足すこともあります。人肌ほどの温度を保つため、おひつや保温に工夫を重ねている店が多く見られます。
監修
髙田 達央
江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。