津本式で血を抜かれた魚が鮨屋の俎板に載るまでには、漁師、仕立て人、仲卸という手を経ています。血抜きは、それ単体でおいしさを作る技術ではありません。魚を長く預かれる状態に整え、次の手に渡すための工程です。この記事では、一貫の背後にある手の連なりと、誰がいつ仕立てたかが分かることが熟成の判断をどう変えるのかを、順を追って見ていきます。
結論から
一貫の鮨には、獲った漁師、血を抜いて仕立てた仕立て人、目利きした仲卸、握る職人の手が重なっています。津本式の血抜きはその受け渡しの途中にある工程で、誰がいつどう仕立てたかが分かる魚ほど、寝かせる日数の見極めは正確になります。
この記事でわかること
- 一貫の鮨に関わる手の数と、それぞれが担う仕事
- 津本式の血抜きが、熟成の前提を作る工程である理由
- 血を抜くことと、おいしく仕上げることの違い
- 仕立ての記録が、寝かせる日数の判断をどう助けるか
- 八月の魚のうち、寝かせる魚と寝かせない魚
- カウンターで魚の出どころを訊ねるときの言い方
この一貫は、誰が血を抜いたのか
鮨屋で出される魚のほとんどは、握る職人が自分で釣ってきた魚ではありません。海で獲られ、港で締められ、市場で選ばれ、店の冷蔵庫で時間を預かる。一貫の背後には、たいてい四つ前後の手が入っています。そしてそのうちのどこか一つが雑になると、最後に握る手はそれを取り返せません。実は、鮨の味を分けている要素のうち、握る瞬間より前に決まっている部分は少なくないのです。
一尾が握りになるまでに、手は何度渡るか
- 漁師が獲る釣り上げた直後の締め方で、身の張りと血の残り方の大枠が決まります。
- 仕立て人が血を抜き、仕立てる津本式などの手法で血液と体液を抜き、時間を預けられる状態に整えます。
- 仲卸が目利きし、渡す同じ魚種でも一尾ごとに違う個体差を見分け、店の求める身質に合うものを選びます。
- 鮨職人が見極めて握る日ごとの変化を確かめ、その魚が一番おいしい日に切り付けます。
この順番は流通の経路によって前後することがあります。仕立てが港で済むこともあれば、市場で行われることもある。ただ、どの経路をたどっても、一尾は必ず誰かの手から誰かの手へと渡されています。
津本式は、血を抜く技術であって熟成そのものではない
津本式は、水圧を使って魚の血管に残った血を洗い流す血抜きの手法です。考案者は魚の仕立て人である津本光弘氏。血は傷みの起点になりやすく、これを抜いておくと、魚は低い温度で長く時間を預けられるようになります。つまりこの工程は、熟成の答えではなく熟成を可能にする入口にあたります。
血を抜いた直後の魚を慌てて握っても、旨みはまだ出てきません。抜いたあとにどの温度で何日寝かせるか、そこで身の質は変わります。江戸前のカウンターでは、この見極めのために毎日魚に触れ、身の弾力と匂いの変化を確かめる仕事が続きます。鮨 淡師でも、血抜きや仕立ては目的ではなく手段であり、その魚に合った熟成を施して一番おいしい瞬間に出すことが仕事だという考え方で向き合っています。
仕立て人という仕事
魚を仕立てることを専門にする人がいます。締め、血抜き、神経締め、保存までを担い、いつ誰が扱ったかを添えて店へ送る。魚がそこまで分かる状態で厨房に届くことは、普通ではありません。市場を通る過程で、一尾の来歴は薄れていくのが常だからです。
同店は、津本式の考案者である津本氏本人と、その技術を受け継ぐ仕立て人から直接魚を仕入れています。作り手が分かることの意味は、宣伝ではなく実務にあります。誰の仕立てかが分かれば、その人の仕事の癖が読める。癖が読めれば、寝かせる日数の当たりが早くつく。店の考え方の根にあるのは、そうした積み重ねです。
誰が仕立てたかが分かる、という状態の意味
| 分かっている情報 | そこから読めること | 熟成の判断への効き方 |
|---|---|---|
| 締めた日時 | 硬直が解けるまでの経過時間 | 寝かせ始めの起点がずれない |
| 血抜きと神経締めの有無 | 血や体液の残り方 | 低い温度で長く置けるかの見当がつく |
| 魚体の大きさと海域 | 脂の乗りと身質の傾向 | 同じ日数でも仕上がりの差を読める |
| 仕立てた人 | その人の仕事の癖 | 過去に扱った一尾と比べられる |
情報が揃っていても、判断が難しい魚は残ります。ただ、迷いの中身は変わります。冷蔵庫を開けて指で押し、これは大丈夫かと確かめる段階から、いつ出すのが一番いいかを考える段階へ移る。勘が不要になるわけではなく、勘を使う場所が先へ進むのです。
八月の魚と、訊ねてみたいこと
八月は水温が高く、魚の傷みが進みやすい時期です。だからこそ、獲った直後にどう扱われたかの差が、そのまま味に出ます。太刀魚や縞鯵のように身の締まった魚は、数日預けると旨みが前に出てくることがあります。一方で新子のように、その日の仕事で仕上げて出す魚もある。どの魚も寝かせればよいというものではありません。
訊ねてみても構いません
今日の魚はどこから来たのですか、と訊く方は多いようです。もう一歩だけ進めて、どなたが仕立てた魚ですかと訊いてみても構いません。答えのある店は答えますし、返ってくれば、その一貫の背後にいる手の数が少し見えてきます。気負わなくて大丈夫です。間違った訊き方というものは、特にありません。
よくあるご質問
津本式で血を抜いた魚は、そうでない魚と何が違いますか
大きな違いは、時間を預けられる幅です。血や体液が残っていると傷みの進みが早く、寝かせられる日数が限られます。血を抜いた魚は低い温度で長く置きやすくなり、その分、熟成による旨みの変化を待つ選択肢が増えます。血を抜いた時点でおいしくなるのではなく、その後の温度管理と見極めで差がつきます。
熟成させた魚は、生臭くならないのですか
匂いの多くは、残った血や体液が変化することで生じます。血抜きや仕立てはその原因を減らす仕事であり、そこに温度と日数の管理が加わります。江戸前のカウンターでは毎日身に触れて状態を確かめ、頃合いを過ぎたと判断した魚は出さないという運用が一般的です。
血を抜いてあれば、何日でも寝かせられますか
魚種と個体によります。身の締まった白身や青魚では数日から一週間程度置くことがある一方、新子のように寝かせずに仕上げる魚もあります。脂の量、大きさ、締めた時点の状態で適した期間は変わるため、日数そのものより、その一尾がどこまで来ているかを見る方が実際的です。
鮨屋で魚の産地や仕立てについて訊いても失礼になりませんか
手が空いている頃合いであれば、多くの店は歓迎します。握りが続いている最中を避け、一貫を食べ終えた間合いで短く訊くと、会話が自然につながりやすいようです。産地だけでなく、どう仕立てられた魚かを訊くと、その日の献立の組み立てまで話が広がることがあります。
ガイドから、カウンターへ
奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。
江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。
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