本わさびと加工わさびの違い。東京の鮨で口にしているのはどちらか

The Tokyo Sushi Guide の特集 監修|髙田 達央(奥赤坂 鮨 淡師 店主) 更新 読了 約6分

鮨に欠かせないわさび。けれど普段口にしているものの多くは、実は本わさびではありません。この記事では、本わさびと加工わさびの原料の違い、鮫皮おろしという道具の意味、そして職人がわさびを握りに忍ばせる本当の理由を解きほぐします。読み終える頃には、カウンターの一貫の香りを、もう一歩深く味わえるようになるはずです。

この記事でわかること

  • 本わさびの栽培に冷たい流水と長い歳月が要る理由
  • 加工わさびの主な原料と、「本わさび使用」「本わさび入り」という表示の読み方
  • 鮫皮おろしが選ばれる理由と、香りの頂点が続くわずかな時間
  • 職人がネタとシャリの間にわさびを忍ばせる意図
  • カウンターで本わさびを見分ける手がかり
  • 七月の夏の鮨とわさびの相性
目次

沢の水が育てる、本わさびという植物

本わさびは日本原産のアブラナ科の植物で、上質なものは山あいの冷たく澄んだ流水の中で育てられます。水温の安定した沢が適地とされ、静岡や長野などの産地が知られています。収穫までおよそ一年半から二年ほどかかることが多く、この気の長さがそのまま価格に表れます。そして実は、あの鮮烈な香りは、沢にある間はまだ眠っています。細胞がすりおろされて初めて、香りと辛味の成分が生まれるのです。

加工わさびは何でできているか

普段、チューブや小袋で目にするわさびの多くは、西洋わさびを主体にした加工品です。西洋わさびは本来ほとんど白い根で、辛味は強い一方、香りは穏やかで単調です。あの緑色は、着色によるものが少なくありません。業界の自主基準では、本わさびの割合が半分以上なら「本わさび使用」、半分未満なら「本わさび入り」と表示されるとされており、袋の小さな文字が思いのほか正直な手がかりになります。加工わさびが悪いという話ではなく、香りの立ち方がまったく別のものだ、ということです。

本わさび加工わさび
主な原料日本原産のわさびの根茎西洋わさびが中心
香りおろしたてに立ち、数分で穏やかになる均質で、変化が少ない
辛味すっと立ち、すっと引く強く、長く残りやすい

鮫皮おろしという道具

良い仕事をする鮨店のカウンターには、木の板に鮫の皮を張った小さなおろし器が置かれていることがあります。鮫皮の表面は目の細かいやすりのようで、金属のおろし金よりも粒子を細かくおろせます。すり口はきめが整い、舌ざわりはなめらかに、香りはいっそう豊かに立ちます。おろすときは「の」の字を書くように、ゆっくり円を描くのがよいとされます。細胞が静かに壊れ、香りの成分が十分に生まれるからです。

肝心なところ: おろした本わさびの香りの頂点は、数分ほどしか続かないと言われます。職人が握りの合間にその都度おろすのは、この短い時間を逃さないためです。

殺菌ではなく、香りのため

江戸の屋台で鮨が売られていた頃、わさびは魚の匂いを抑えるための知恵として語られてきた側面があります。けれど冷蔵の行き届いた現在、職人がネタとシャリの間にわさびを忍ばせる主な理由は、香りの調和です。脂の乗った中とろにはやや強めに、淡白な白身には控えめに、と一貫ごとに量を変える職人が多いようです。わさびは主役ではなく、魚の輪郭を際立たせる名脇役。だから江戸前のカウンターでは、卓上に添えるのではなく、握りの中にあらかじめ効かせてあることが多いのです。

カウンターで見分ける手がかり

本わさびかどうかは、いくつかの手がかりで見当がつきます。色は均一で鮮やかな緑ではなく、淡く、わずかにむらのある緑。口に含むと香りが先に立ち、辛味は鼻に抜けたあと、すっと引いていきます。そして何より、目の前でおろしているかどうか。奥赤坂の鮨 淡師のような八席の小さなカウンターなら、おろし金の素材や、わさびを置く量まで、職人の手元がよく見えます。そうした小さな仕事を眺めることも、カウンターに座る楽しみのひとつです。

七月の鮨と、わさびの香り

七月の鮨は、すずきや鯵など、さっぱりとした味わいのネタが増える季節です。脂の強い冬の魚を受け止めるときと違い、夏のわさびは、繊細な白身の香りを静かに引き立てる役回りになります。もしこの季節にカウンターへ座る機会があれば、白身の一貫で、わさびの香りだけを追いかけてみてください。ほのかな甘みのあと、鼻に抜けて消えていく。その消え方こそ、本わさびの真骨頂です。気負わなくて大丈夫です。違いは、思っているよりはっきり分かります。

よくあるご質問

チューブのわさびと本わさびは、何が違うのですか?

いちばんの違いは原料です。チューブ入りの多くは西洋わさびを主体にした加工品で、緑色は着色によることが少なくありません。本わさびは根茎そのものをすりおろしたもので、香りが先に立ち、辛味はすっと引いていきます。加工品の辛味は強く、長く残る傾向があります。

鮨店でわさび抜きをお願いしても失礼になりませんか?

失礼にはあたりません。最初に「さび抜きで」と伝えれば、職人は一貫ごとに加減してくれます。辛味が苦手な方やお子さま連れの方が普通に頼むものですので、気負わなくて大丈夫です。

わさびを醤油に溶かすのは間違いですか?

間違いと言い切るものではありませんが、溶かすと香りが散ってしまいます。江戸前のカウンターでは握りの中にすでにわさびが効かせてあることが多いので、まずはそのままひと口。物足りなければ、ネタの上に少しのせる方が香りを保てます。

本わさびはなぜあんなに高いのですか?

栽培に手間と歳月がかかるためです。上質な本わさびは冷たい流水の中で育てられ、収穫まで一年半から二年ほどかかることが多い作物です。土地も水も選ぶうえ、大量に作ることが難しい。その希少さが価格に表れています。

ガイドから、カウンターへ

奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。

江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。

鮨 淡師で予約する The Tokyo Sushi Guide を見る
カウンターに立つ奥赤坂 鮨 淡師 店主 髙田 達央

監修

江戸前の伝統に学び、九州に根を持つ髙田 達央が、東京・奥赤坂の八席のおまかせカウンターに立ちます。The Tokyo Sushi Guide の監修者です。

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