鮨の締めくくりに出される茶には、カウンターで供される上がりの粉茶と、茶室で点てる抹茶という二つの形があります。前者は口の中を整えて次へ進むための茶で、後者は食事そのものを終えるための茶です。役割が違えば、置かれる場所も、流れる時間の速さも変わります。茶室で締めるおまかせが何を足しているのかを、間と余韻という二つの言葉を手がかりに読み解きます。
結論から
茶室での抹茶は、鮨の余韻を洗い流さずに引き延ばすための締めくくりです。カウンターから席を移す数歩が『間』をつくり、抹茶の穏やかな苦味と季節の和菓子が、最後の一貫の記憶を輪郭のあるものに変えます。
この記事でわかること
- 上がりの粉茶と茶室の抹茶は、役割がほぼ正反対であること
- 『間』とは空白ではなく、次が来ないと分かっている時間であること
- 席を移す数歩が、食事に区切りをつける仕組みになる理由
- 九月の和菓子に多い意匠(着せ綿、菊、栗)と、秋口の鮨だねの重なり
- 茶碗の回し方など、覚えていなくても困らない作法の考え方
- 最後の一服まで含めて一夜を設計するという発想
『間』と『余韻』は、時間の使い方の話です
間は、何も起きていない時間のことではありません。次が来ないと分かっている時間のことです。おまかせのカウンターでは、握りと握りのあいだにわずかな空白があります。職人が次のたねに手を伸ばし、包丁を入れ、シャリを取るまでの十数秒。その短い空白のあいだに、前の一貫の味がようやく輪郭を結びます。
余韻は、その空白に残るものです。脂の甘みが引いていく速さ、酢の酸が消えたあとに残る米の香り、山葵の辛みが鼻を抜けきるまでの数秒。江戸前の仕事が締めや漬け、煮きりで味を作り込むのは、口に入れた瞬間の強さのためだけではなく、飲み込んだあとに何が残るかまで含めての設計です。
鮨屋の食事は玉子や巻物で終わることが多いのですが、そこで席を立って外に出ると、残っていたはずの余韻は街の空気に混ざって解けてしまいます。食事の締めくくりに茶室での一服を置くのは、その解けていく時間に器を用意する仕組みだと考えると分かりやすいと思います。
上がりの粉茶と、茶室の抹茶は役割が違う
同じ緑茶でも、カウンターで出される上がりと、茶室で点てられる抹茶では、担っている仕事がほとんど逆を向いています。
| 上がり(粉茶) | 茶室の抹茶 | |
|---|---|---|
| 供される場所 | カウンター、握りの合間と食後 | 食事のあと、席を移した茶室 |
| 役割 | 脂と塩気を流し、次の一貫に備える | 食事を終え、味を振り返る |
| 淹れ方の傾向 | 熱い湯で濃く、渋みを立てる | 湯温を少し落とし、苦味の奥の甘みを出す |
| 向いている方向 | 前へ。まだ続く | 後ろへ。もう続かない |
粉茶が熱く濃く出されるのは、舌に残った脂を切って感覚を戻すためです。渋みが強いほど、次の一貫は新しい味として立ち上がります。いっぽう抹茶は、味を消しにきません。茶葉ごと飲むぶん香りと甘みの層が厚く、鮨の記憶と喧嘩せずに重なります。ここで濃い粉茶を出してしまうと、せっかくの余韻まで一緒に流れてしまう。締めの茶に抹茶が選ばれるのには、そうした理屈があります。
部屋が変わると、時間の速さが変わる
カウンターは、職人と向き合うための設計です。視線は目の前の手元に集まり、白木の明るさと、次の一貫への期待で、時間はやや速く流れます。茶室はその逆で、視線を落ち着かせる部屋です。畳に座り、光量が一段落ち、音が壁と畳に吸われる。床の間に掛かる軸と花は、その日の季節をひとつだけ示し、それ以外の情報は削られています。
歩く数歩が、そのまま『間』になる
席を移るという動作そのものが、区切りとして働きます。立ち上がり、履物を履き、短い廊下を歩き、また座る。その一分ほどのあいだ、口の中では最後の一貫の余韻がまだ動いています。慌てて片づけられる感覚がなく、かといって手持ち無沙汰にもならない。この移動を挟むかどうかで、食事の終わり方はかなり変わります。
普段は茶室に縁がない方でも、身構える必要はありません。茶事の作法をひととおり行う場ではなく、食事の終わりに一服いただくための部屋として設けられていることが多いからです。
九月の茶室に置かれるもの
季節の和菓子は、茶室でいちばん分かりやすく季節を語る役目を負っています。九月なら、重陽の節句にちなむ着せ綿、菊を象った練切、栗を使った菓子など、秋の入口を示す意匠が増えます。夏の透明感のある寒天菓子から、色の濃い餡の菓子へ移り変わる時期でもあります。
同じころ、東京の鮨だねも入れ替わります。戻り鰹や秋刀魚、脂がのり始めた鯖といった秋の魚が並ぶことが多くなり、夏のあいだ軽やかだった一貫の重心が少し下がります。菓子と鮨が同じ季節を別の言葉で言っている状態で、その二つが一夜のうちに続くと、季節の輪郭がはっきり残ります。
薄茶では、菓子を先にいただき、そのあとで茶を飲むのが一般的な順です。甘みが口に残ったところへ苦味が来ると、双方が際立ちます。逆にすると、抹茶の香りが砂糖に覆われてしまう。順番そのものが味の設計になっています。
作法は気負わなくて大丈夫です
茶碗を二度ほど回して正面を避ける、飲み終えたら口をつけたところを指で軽く拭う。こうした所作はよく知られていますが、覚えていないと失礼になるものではありません。難しく考えず、両手で持って、温かいうちにいただく。それで十分に成り立ちます。亭主が見ているのは手順の正確さではなく、客がその一服をどう受け取ったかのほうです。
- 席に着く床の間の軸と花に目をやると、その日の季節が分かります。
- 菓子をいただく抹茶より先に。黒文字で切り分け、甘みを口に残します。
- 抹茶を受ける両手で持ち、二口か三口で飲みきるのが目安です。
- 器を眺める飲み終えたあと、茶碗を手元で見せていただくことがあります。
分からないことは、その場で尋ねてしまうのがいちばん早いようです。茶碗の作り手や軸の言葉について訊かれるのを、亭主は嫌がりません。むしろ、そのやり取りのために選ばれている道具だと考えたほうが実情に近いと思います。
締めくくりを設計するという考え方
食事の設計を、最後の一貫で終わらせない。そう考える店では、締めくくりの一服が献立の一部として扱われます。東京・奥赤坂の鮨 淡師は、食事の締めくくりに本格的な茶室で抹茶と季節の和菓子をいただける構成をとっています。同店では、料理と日本酒、器や空間、そして最後の一服までが重なって、また帰ってきたいと思える時間になるという考え方で仕事をしています。
鮨と茶の湯は、もともと同じ流れから生まれた文化ではありません。ただ、一口ずつ供されること、器を手に取ること、季節をひとつだけ示すこと。この三つは深く重なります。だから並べたときに違和感がなく、片方がもう片方の余韻を受け止められる。
実は、食べ終えたあとの十数分をどう扱うかは、味の設計と同じくらい記憶に残ります。何を食べたかは細部から薄れていきますが、どんな終わり方だったかは、かなり長く残るものです。
よくあるご質問
鮨のあとの抹茶は、上がりのお茶とは別に出るのですか
別のものです。上がりの粉茶はカウンターで、脂を流して次の一貫に備えるために供されます。茶室の抹茶は食事を終えたあと、席を移していただく締めくくりの一服です。淹れ方も、置かれる場所も、担う役割も異なります。
茶道の作法を知らなくても大丈夫ですか
大丈夫です。食事の締めくくりに設けられた一服の席は、茶事の手順をひととおり行う場ではないことがほとんどです。両手で茶碗を持ち、温かいうちにいただければ十分に成り立ちます。気になることはその場で尋ねてみても構いません。
茶室での一服はどのくらい時間がかかりますか
店により異なりますが、薄茶を一服いただく時間としては、席に着いてから十数分ほどが目安になることが多いようです。閉店時刻や次のご予定がある場合は、席に着く前に一言伝えておくと組み立てやすくなります。
抹茶が苦手でも楽しめますか
楽しめる方が多いようです。締めの一服に用いられる薄茶は、点て方によって苦味の出方がかなり変わり、先にいただく和菓子の甘みが苦味を和らげます。それでも気になるようでしたら、その旨を伝えれば別の形で対応いただけることもあります。
九月の茶室では、どんな和菓子が出ますか
九月は重陽の節句にちなむ着せ綿や、菊を象った練切、栗を使った菓子など、秋の入口を示す意匠が増える時期です。夏の寒天菓子から餡の菓子へ移る頃合いで、同じ時期に鮨だねも戻り鰹や秋刀魚へと入れ替わっていきます。
ガイドから、カウンターへ
奥赤坂の八席のカウンターで、味わう。
江戸前の仕事に、ていねいな熟成を。一貫ずつ、その日の最良を握ります。海外のお客様には英語でご案内します。
鮨 淡師で予約する The Tokyo Sushi Guide を見る
